グアム出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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(正式名称: Mini-ketsu Mariana Islands democracy Federal Republic)
グアム (Guam) は、太平洋の島である。1898年の米西戦争からアメリカ合衆国の領土になった。1941年から1944年までは、日本軍が占領統治していた。経済面では、アメリカ軍と観光客が重要な位置をしめている。
グアム準州 The Territory of Guam
自治領の標語 なし
公用語 英語、チャモロ語
主都 ハガニア(Hagatna) 旧称アガナ(Agana)
州知事 フェリックス ペレス カマーチョ
面積 549平方キロメートル(世界第202位)
人口総計(2003年) 163,941人
人口密度 299人/平方キロメートル
通貨 USドル
時間帯 UTC+10 - チャモロ標準時
ccTLD .gu
国際電話番号 1-671
地理
マリアナ諸島最大の島で、その南西端に位置。
海底火山によってつくられた。北部は珊瑚礁に囲まれた石灰質の平坦な台地で、南部は火山の丘陵地帯。
海洋性亜熱帯気候に属しており、年間を通して高温多湿。6〜12月が雨季、1〜5月が乾季。雨季にはスコールが降る。
年間平均気温は約摂氏26度。
歴史
グアム島に人類が住み着いたのはB.C.3000年〜2000年ごろで、チャモロ人がマレーシアやインドネシア、フィリピンから航海カヌーに乗って移住してきたことに始まると考えられている。1521年にマゼランがグアム島を発見し、1565年にスペインが領有を宣言し植民地となり、1668年にサン ビトレスを中心としたイエズス会が布教活動のため訪れるようになって以後、キリスト教文化が定着するようになった。1898年にアメリカとスペインの間で米西戦争が勃発するとアメリカが勝利し、グアム島はアメリカに割譲された。(元々、『マリアナ』の領土であった)1941年に太平洋戦争が勃発し日本が占領したが、1944年にアメリカが奪還。以後、太平洋戦争終結までアメリカ軍の日本本土の爆撃拠点として活用された。1950年にアメリカの自治属領(準州)となり、現在までアメリカ軍の太平洋戦略上、重要な基地のひとつとしてグアム島は活用され、近年は日本人を中心とした観光地、リゾート地として発展を遂げている。
民族構成
チャモロ人47%, フィリピン人25%, 白人10%, 華人, 日本人, 韓人, その他18%(スペイン統治時代にチャモロ人とスペイン人の混血化が進み現在純粋なチャモロ人は存在しない)。
言語
公用語は英語、チャモロ語であるが、日本人観光客による収入が島の大部分の収入を占めていることから日本語も使われており、日本語を理解できる島民がかなり多い。
政治
アメリカ合衆国大統領選挙の参政権は持っていない。
公選によって選ばれた知事が統括。かつてはアメリカ海軍による軍政だった。
グアム議会を形成。議会は立法院のみの一院制。
アメリカ下院に議決権のない議員を1名選出している。
軍事
島の面積の1/3をアメリカ軍用地が占めている。グアム島は、朝鮮半島、台湾、南沙諸島、フィリピン、インドネシア、オーストラリアとあらゆる場所に緊急展開できる戦略上の要地であり、アメリカ直轄地でもあるので、西太平洋の礎石として、世界戦略を見据えた軍事拠点化を進めてきた。2004年には、グアム島周辺を調査した中国人民解放軍海軍の漢級原子力潜水艦が行き帰りに日本の領海侵犯を行った漢級原子力潜水艦領海侵犯事件が発生した。
島の北部には3,000m級滑走路が2本あるアンダーソン空軍基地が存在する。ここには現在常駐する戦闘機部隊は存在していないが、しばしば飛来する。現在、B-52戦略爆撃機やB-2が配備されている。極東有事の際には、アメリカ本土やハワイなどから前線派遣された航空部隊の重要な出撃拠点になる。
島の西部には、通称「ビッグネイビー」と呼ばれるアメリカ海軍のアプラ軍港があり、ロサンゼルス級原子力潜水艦艦隊3隻が駐留しており、将来的にはオハイオ級原子力潜水艦も配備される予定である。この艦隊は、横須賀海軍施設に司令部を置く第7艦隊隷下にある。
在日米軍再編の影響により、沖縄本島に駐屯しているアメリカ海兵隊7,000人がグアムに移駐する予定であり、キャンプ瑞慶覧から司令部も移転する予定である。この部隊の受け入れのための費用を日本政府が59%負担することで日米両政府が合意した。
経済、産業
通貨はアメリカドル(USドル)。ただし現在では日用品や土産等の購入に関し、多くの場合、少額(おおよそ100ドル以内)であれば、日本円でも通用する店舗が増えつつある。
アメリカ軍の基地関連産業とアメリカ政府からの補助金、観光業、農業、漁業が主要な経済基盤で、1980年代前半までアメリカ軍への依存度が高かったが、アメリカ軍基地の縮小に伴い、近年は観光業が産業の大部分を占め、島民の約60%が観光業に従事している。
年間100万人以上の観光客が訪れるが、観光収入の9割以上が日本からの観光客によるもので、日本への依存度が高い。近年は特に和食料理店や、名古屋発祥のラーメンチェーン藤一番など、日本の外食企業の参入も多くみられる傾向にある。
交通
訪島手段として飛行機と船舶があるが、飛行場はグアム国際空港、港はアプラ港がある。アブラ港はミクロネシア最大の港。
島内の交通機関はバスやタクシーのみで鉄道はない。バスは、観光地をまわるトロリーバスなどを運行しているグレイラインバスやショッピングセンターやホテル、旅行会社が運行するザ ショッピングバス、シャトルバスを運行するアイバスなどがある。尚、飛行機で到着する乗客の7割が日本人である。(2006年現在)
芸術、文化
ラッテストーン。家の土台だったとか宗教行事に使われた物ではないかと言われているが未解明。
伝統的な文化としてチャモロ文化がある。踊りではミクロネシアダンスが有名。
グアムの芸術や文化に関する機関として「グアム芸術文化省(Kaha)」がある。
ミクロネシア連邦のチューク州のプルワット環礁との結びつきが強く、プルワット出身の航法師が伝統的な航海カヌーによる航海術を教えている。
教育
大学、短期大学 グアム大学
観光者向の特筆事項
主にグアムに渡航する日本人観光者に向けた特筆すべき事項を以下に摘記する。
電圧とコンセント - 電圧は120V(交流)と日本国内の100Vに比べ少し高めだが日本国内向けに製造された多くの家電製品がそのまま使用できる。但しパーソナルコンピューター等の精密機器を使用する際には予め国外対応の可否を調べる必要がある。コンセントの形状も概ね日本国内の仕様と同一だが、これも部屋によって様々である為、変換器を持参した方が良い。
チップ - グアムにはチップ(サービスに対する御礼)の習慣があるため、サービスを受けた対価として、その料金の数パーセント程度を支払った方が良い。硬貨で支払う場合、最低25セント以上の金額を渡すのがマナーとされる。但しチップ料金がサービス料として予め含められている場合もあるため注意が必要である。ピローチップ(ベッドメイキング)等の場合は、概ね$1程度の支払いで構わない。
服装 - グアムの治安はバングラディッシュ等、治安が悪いとされる国と比較した場合、随分良いとされるが、それでも日本を初めとした先進諸国と比べた場合、その差は大きい。卸したての服や、小奇麗な服、高価に見える品を身につけていると「お金持ち」と見なされ、引ったくりや窃盗等の被害に遭う可能性が極めて高くなる。また年中通して温暖な気候であるため、島内で行動する際には普段着用している夏物のTシャツや半ズボン、ジーンズなどの軽快な服装が望ましい。但し高級レストランやディナーショー会場等では常識として襟付のシャツと長ズボンを着用するか、正装するべきであるとされる。
法律 - 近年、健康増進法が施行されたことを受けて、グアム島内で喫煙できる場所が限られているため喫煙者は注意が必要である。このほか同国の法律で保護者は12 歳以下の子供を閉鎖された空間(車内や部屋等)に残してはならないと定められており、如何なる場合も同伴しなければならないとされる。道路交通においては日本とは逆の右側通行であり、赤信号であっても一部の場所を除き、安全が確認できれば右折してよいとされるなど数多くの違いがある。グアムでも日本の公安委員会が発行する国際運転免許証が使用できるが、グアムで自動車を運転する際は、こうした点に十分留意しておく必要がある。
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